一枚起請文とは?

 嵯峨天竜寺、桂州和尚道倫禅師(1713〜1793)

「だれかいう一枚の紙 なかにふくむ大蔵経 
 天外に出頭する者 はじめて知らん この語のかんばしきを」

(誰がたった一枚の紙などと言えるものか。
 大蔵経を五遍お読みになった法然上人が、
 それを一枚の紙におまとめになったのだ。
 仏道の極意に達した人は知るであろう、
 この一枚起請文の香り高きことを。)

 大徳寺、一休禅師宗純(1394−1481)

「伝え聞く 法然生き如来
 蓮華上品に安座し 尼入道の無智のともがらに同じくす
 一枚起請 もっとも奇なるかな」

(我らのような無智のともがらに、
 同じ立場から語りかけてこられる一枚起請文。
 生き如来の言葉とあがめたてまつる)

 一月二十五日は法然上人の命日で、御忌(ぎょき)と呼びます。
亡くなる二日前にお遺しになったといわれるのが、
禅の高僧や一休さんもほめたたえる
『一枚起請文』という短い誓いのおことばです。



【1】
もろこし(唐)・我が朝(日本)に諸々の智者たちの
沙汰し申さるる“観念の念”にもあらず。

浄土宗の念仏は、中国や日本の高僧たちがさかんに説いた “観念の念仏”ではありません。

 「念仏だけで救われる」などと言うと、「それはお釈迦さまの 仏教からかけはなれている」と批判されます。しかし “空”や“縁起”をそう批判する人はいないでしょう。

 空や縁起を説いた龍樹、同じものを唯識という方向で 説いた世親も、念仏の教えを聞いて、それを本物と認めて おります。いったいどういうことでしょうか。

 龍樹は「仏のことを思いつづけ、仏が目の前に立つのを 見て、空をさとることができる」と説き、世親は「阿弥陀仏 の姿やその極楽世界を瞑想して、真理をさとることができる」 と説きました。これが“観念の念仏”というものです。これらの 高僧は、念仏と仏教をこう結びつけたわけです。

 ところが法然上人は、“観念の念仏”を求めても、それを なしとげるのは難しいことに気づかれたのです。むしろ あるものを求めることで、それは求めずして得られるもの でした。


【2】
また学問をして念のこころを悟りて申す念仏にもあらず。

また、浄土宗の念仏は、学問をして念仏の真髄を 理解してからとなえるものでもありません。

  仏教を学問としてたしなむ方も多いと思います。 仏教に関する知識をひけらかすのは論外として、 さとりを求めるに学問が重要だと考えることも多い。

 よくある誤解で、お念仏の真髄を理解して 一回となえたら、あとはとなえる必要はない、 という「一念義」という誤解もあります。

 浄土宗のお念仏は、頭を使わないお念仏です。


【3】
ただ、往生極楽のためには
南無阿弥陀仏と申して疑いなく往生するぞと
思いとりて申すほかには、別の仔細そうらわず。

「南無阿弥陀仏ととなえて疑いなく往生する」と思って念仏を申す。
阿弥陀さまのもとに往くために必要なことなど、そのほかには何もないのです。

 「南無阿弥陀仏と申して疑いなく往生するぞと思いとりて」  これは、信心をもって、ということです。

 「(南無阿弥陀仏と申して疑いなく往生するぞと思いとりて)申す」  これは(信心をもって)南無阿弥陀仏ととなえるということです。

 それ以外には、“観念の念仏”も“学問”もいらないのです。


【4】
ただし三心四修ともうすことのそうろうはみな、
決定して南無阿弥陀仏にて往生するぞと思ううちに
こもりそうろうなり。

念仏者のもつべき三つの心構え、四つの実践項目などは、
「かならず南無阿弥陀仏によって往生するのだ」
と思うなかに、みんなこもっているのです。

「南無阿弥陀仏ととなえて往生する」と疑わない。  そのとき、自分にウソをついているはずはない。(至誠心)  そのとき、念仏して往生することを疑っているはずはない。(深心)  そのとき、これまでの拙い努力がみな往生のためであったことになる。(回向発願心) ――つまり「三心」がそろっている。

 そのとき、阿弥陀さまをうやまわないはずがない。(恭敬修)  そのときすべてが念仏になり、他の行が行えなくなる。(無余修)  そのときからひとときたりとも阿弥陀さまのことが忘れられない。(無間修)  死ぬまでの間、ずっと。(長時修) ――つまり「四修」がそろっている。

 だから三心四修なんていう念仏の勉強をする必要もない。  ただ「絶対に南無阿弥陀仏にて往生する」と思って念仏することです。  寸分も疑うことなく念仏することです。  これが浄土宗の念仏です。


【5】
このほかに奥深きことを存ぜば、
二尊のあわれみにはずれ、本願にもれそうろうべし。

もし、このほかに奥深いことを考えているとしたならば、
私は、阿弥陀さまとお釈迦さまのお慈悲からはずれ、
私をお救いくださるという本願からもれることでしょう。

 法然上人は、自分のような愚かで罪深い存在が阿弥陀さまの本願によって 救われるということを、心の奥深いところで実感なっさた方です。ですから、 「もし奥深いことを思っているなら、私は救われないでしょう」とは、 奥深いことなどは絶対にない、ただ念仏、ということの表現でもあります。

 仏の慈悲は万人に降り注ぎ、阿弥陀さまの本願は万人の救済を願われています。 その「よるべ」である「あわれみ」にはずれ「本願」にもれることは、 自分が凡夫であることを悲しむ者にとって、これ以上にないおそろしいことです。

「もし奥深いことを思っているなら、私は救われないでしょう」 などと平気で言い放てるのは、そんなことは絶対にありえないこと、 阿弥陀さま・お釈迦さまのお慈悲が確実に自分に注いでいることを、 深く確信しているから言い放てるのです。

“観念の念仏”や“学問”以前のとるに足らない存在である自分。 その凡夫である自分が、ただ念仏往生を疑わずに念仏することによって救われる。 それを深いところで確信なさったところから、この一枚起請文が出ているわけです。

 阿弥陀さまの本願のお誓いは、こうでした。 「念仏する者すべてが救われないうちは、私は救われた境地には至りません」  法然上人の一枚起請文のお誓いは、こうです。 「ただ念仏するだけで救われないのなら、私は救われません」  一休禅師が「法然生き如来」とたたえたのも、こういうわけでしょう。


【6】
念仏を信ぜん人は、
たとい(お釈迦さま)一代の法をよくよく学すとも、
一文不知の愚鈍の身になして、
尼入道の無智の輩に同じうして、
智者のふるまいをせずして、ただ一向に念仏すべし。

念仏を信じる人は、
たとえお釈迦さまが一生涯かけてお説きになった教えをすべて何度も学んだとしても、
その一文字も分からぬ愚鈍の身であるとこころえ、形だけの無智な僧侶と同じように、
自分を智者であるというふうにふるまわずに、ただひたむきに念仏するものです

 学問を積んでいい気になる心というのは、おさえがたい煩悩なのでしょう。 それはまた、念仏の大敵でもあります。 法然上人は、再度、これをいましめられております。

 お釈迦さまのお説きになった教え、また後代の人がそれを発展させた教え。 みなさん、いろいろとお勉強になっていることと思います。 しかし、その一文字も味わえない自分であることにひとたび目覚めたら、 そういった学問を頼りにすることはせず、 無智・愚鈍の自分をお救いくださる南無阿弥陀仏に ただすがるしかないのです。

 学問をたよりにするのは、浄土宗のお念仏ではないのです。 いつでも学問など捨てられるのでなければならないのです。


【7】
証のために両手印をもってす。
浄土宗の安心起行、この一紙に至極せり。
源空が所存、この他にまったく別義を存ぜず。

証明のために私の両手の手形を押します。
浄土宗の心構えも実践も、詰まるところこの紙一枚。
私の信ずるところはこれ以外にまったく別のものはありません

「もし念仏だけで救われないのなら、私は救われません」 と、阿弥陀さまと同じお誓いをなさった生き如来、法然上人は、 その誓いの証として生身の両の手形をこの一枚の紙に押されました。

 思うに、宗教的なことがらというのは、 「絶対に○○です」という事実の断定の形では表せぬものであります。 断定ではなく、このように「誓い」のかたちで表されているからこそ、 あるいは「私は○○のように信じる」という所信の表明であるからこそ、 そこに受け取る側の主体性が問題になってくるわけです。

 そして法然上人は重ねて、この一枚の紙のほかに 自分が救われると信じる道はまったくないのであると、 念を押されています。のちの我らが道をあやまらぬようにとの親心、ほとけごころです。


【8】
滅後の邪義を防がんがために所存を記しおわんぬ。
建暦二年正月二十三日    (大師在御判)

私の死後、あやまった救われぬ教えが広がるのを防ぐために、
私の信じるところを、これにて記しおわりました。
1212年1月23日     [法然上人の署名] 

 振りかえりますと、この一枚の紙に書かれていることは二つです。
● “観念の念仏”や“学問”は門前払いの自分であるとの認識。
  (学問の人も、無智・愚鈍の自分を深くみつめること)
● 南無阿弥陀仏と申して必ず往生すると疑わず、念仏を申すこと。
 これ以外に救われる道はない、救われるとはこのことであるという、 法然上人の所信表明です。

 上人の死の前後から現在まで、さまざまの「邪義」がありますが、 いずれも法然上人のお見透かしの邪義なのです。いずれも上記の 二点を欠いているのです。

 悟りきった念仏を一遍申せばよいという一念義。臨終の一念にのみ意義を認めること。数多く念仏を申さねば救われないという多念義。悪人でも救われるから進んで悪をすべしという「本願誇り」。念仏しながら他の信仰にも頼ってしまうこと。特定の人間・儀式を介さなければ往生は不可能とすること。極楽に往生しても救われないとすること。念仏しても極楽往生できないとすること。念仏は不要で信心で救われるという信心為本。

 そして、上記の二点は片方を欠けばもう片方も欠くのです。

 法然上人はこの一枚の紙を書きしたためられた二日後、 1212年1月25日にお亡くなりになりました。